都内もいたるところにクリスマスツリー&クリスマスソング、イルミネーション...
今、街はクリスマスに溢れてるよね!
なんかさ、僕の中では"Christmas!"ってやっぱキリスト生誕を祝うクリスチャンの祭礼行事だから、「生まれてすぐに教会で洗礼を受け、日曜日は家族と教会に行く」って信仰が根付いている文化じゃないと、なんとなくキビシイものを感じるわけで.....。
ま、そんな堅いことは抜きにしても、多くのヒトがこれといった信仰のないこの国では完全に商業イベントとなっているのは周知の通りなんだけど、だけどあまりにも行き過ぎな感じがするのも否めないんだよね。
先日ウチのスタッフの石野が「この時期って雑誌の見出しがやたらと『まだ間に合う!二人きりのクリスマスをホテルで過ごす』とか気持ち悪くて、クリスマス、クリスマスってどうかと思うんですよね」って言っていた。
今でこそ(歳のせいかな?)嫌悪感なんて無いんだけど、石野の嫌悪感は自分もそうだったから理解できる。
「なんでクリスマスに彼女とホテルでフレンチとか食ってセックスするのか」僕も昔は不思議でならなかったし。NYに20年以上暮らす幼なじみに昔聞いたことがあり、彼は「アメリカでクリスマスっていえばみんな実家に帰っちゃうから、日本で言えば正月みたいだよ」と。つまり家族とこの宗教の祭礼行事を過ごすことがフツウであり、日本でいう「彼女と二人、ホテルで・・・」は理解不能だと思うし、ヒトによっては「神への冒涜」と思ってしまうかも知れないことだ。
クリスマスを商業的に利用するにも、その信仰に対しあまりに失礼な「煽り」はいかがなものかと思うし、煽られて乗ってる女や、更にその女に煽られる男もどうかと思う。
それから街のツリーや電飾されたイルミネーションもどうかと思う。
これは前の行と意味が違うんだけど、ちゃんと陰影が計算された照明デザインなんて都心でも皆無に等しく、どこのお店もほとんどが「バイト君がやらされた装飾」になっている。
前橋インターから僕のウチへのわずかクルマで10分程度の道程。
まず大手のMホーム。大きな建物に、いい加減に、ただ電飾を付けてるだけ。
もう少し進むとHンダのディーラー。これも同様に超ダサくチカチカしてる。
極めつけ的にホテル・Sンダーソン。この量、色、テキトーな配置、どう見ても羽振りの良いラブホにしか見えない。
そして裏通りに入り、ウチのすぐ近所の昔からのフツウな住宅地で、一軒だけ気持ち悪い色をふんだんに使い、一晩中チカチカさせてる家がある。なにが目的でこうしてるのかサッパリわからない。
要は陰影や配置など、美しく見えるためのデザイン性がまるで無い。
ただの光量勝負状態になっている。
みんな「クリスマス」を口実に、高級ホテル、高級料理、アホっぽいチカチカ電飾・・・
クリスチャンにとってのChristmasを少しでも考えるなら、もう少し「在り方」を考えるべきではないだろうか、と思わな〜い?最低限、「根拠を持った美しい表現」をしないと商業利用がバレバレ。少しはその信仰(キリスト教)を理解しようと学ぶとか、他の信仰を尊ぶ気持ちを持つとかさ。
だって彼らにとって「神聖なる信仰」でのことだぜ〜。
以下、ちょっと調べてみた。
クリスマスの語源は、ラテン語「クリストゥス・ミサ」の略で、Christ(キリスト)+mas(礼拝)を意味する。
XmasはX(ギリシャ語で「Xristos」の頭文字)+mas(礼拝)。
Xristos(クリストス)は「油を注がれた者」という意味で、「救世主」「キリスト」を意味する。
クリスマスの由来は諸説あるが、古代ローマで冬至の日に行われていた「太陽神の誕生祭」や「農耕神への収穫祭」が、後にイエス・キリストの生誕祭と結びつき、クリスマスになったといわれる。
当時のローマでは、太陽神を崇拝する異教が大きな力を持ち、12月25日を太陽神を祭る祝祭日としていた。
そこで、初代キリスト教の指導者達が、異教徒との対立や摩擦を生むことなく異教徒にキリスト教を広めるために、12月25日はクリスマスとされた。
これが "Christmas" and "X-mas" の語源。
(因みに "X'mas" ってアポストロフィを入れるのは間違いなんだって)
今の日本は "Christmas" をテキトーに利用した、“くりすます”って感じ、するっしょ?
P.S.
しかし、だ
かくいう僕も結婚して子供ができれば、サンタの衣装で我が家を訪れたりしちゃいます!
でもしっかりと「これが僕らではない宗教のものであること」「ほかにも世界には様々な信仰があること」「それを理解しないと世界の多くのヒトと友達になれないこと」を伝えるつもりだ。

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