December 2005アーカイブ

都内もいたるところにクリスマスツリー&クリスマスソング、イルミネーション...
今、街はクリスマスに溢れてるよね!
なんかさ、僕の中では"Christmas!"ってやっぱキリスト生誕を祝うクリスチャンの祭礼行事だから、「生まれてすぐに教会で洗礼を受け、日曜日は家族と教会に行く」って信仰が根付いている文化じゃないと、なんとなくキビシイものを感じるわけで.....。
ま、そんな堅いことは抜きにしても、多くのヒトがこれといった信仰のないこの国では完全に商業イベントとなっているのは周知の通りなんだけど、だけどあまりにも行き過ぎな感じがするのも否めないんだよね。
先日ウチのスタッフの石野が「この時期って雑誌の見出しがやたらと『まだ間に合う!二人きりのクリスマスをホテルで過ごす』とか気持ち悪くて、クリスマス、クリスマスってどうかと思うんですよね」って言っていた。
今でこそ(歳のせいかな?)嫌悪感なんて無いんだけど、石野の嫌悪感は自分もそうだったから理解できる。
「なんでクリスマスに彼女とホテルでフレンチとか食ってセックスするのか」僕も昔は不思議でならなかったし。NYに20年以上暮らす幼なじみに昔聞いたことがあり、彼は「アメリカでクリスマスっていえばみんな実家に帰っちゃうから、日本で言えば正月みたいだよ」と。つまり家族とこの宗教の祭礼行事を過ごすことがフツウであり、日本でいう「彼女と二人、ホテルで・・・」は理解不能だと思うし、ヒトによっては「神への冒涜」と思ってしまうかも知れないことだ。
クリスマスを商業的に利用するにも、その信仰に対しあまりに失礼な「煽り」はいかがなものかと思うし、煽られて乗ってる女や、更にその女に煽られる男もどうかと思う。

それから街のツリーや電飾されたイルミネーションもどうかと思う。
これは前の行と意味が違うんだけど、ちゃんと陰影が計算された照明デザインなんて都心でも皆無に等しく、どこのお店もほとんどが「バイト君がやらされた装飾」になっている。
前橋インターから僕のウチへのわずかクルマで10分程度の道程。
まず大手のMホーム。大きな建物に、いい加減に、ただ電飾を付けてるだけ。
もう少し進むとHンダのディーラー。これも同様に超ダサくチカチカしてる。
極めつけ的にホテル・Sンダーソン。この量、色、テキトーな配置、どう見ても羽振りの良いラブホにしか見えない。
そして裏通りに入り、ウチのすぐ近所の昔からのフツウな住宅地で、一軒だけ気持ち悪い色をふんだんに使い、一晩中チカチカさせてる家がある。なにが目的でこうしてるのかサッパリわからない。
要は陰影や配置など、美しく見えるためのデザイン性がまるで無い。
ただの光量勝負状態になっている。


みんな「クリスマス」を口実に、高級ホテル、高級料理、アホっぽいチカチカ電飾・・・
クリスチャンにとってのChristmasを少しでも考えるなら、もう少し「在り方」を考えるべきではないだろうか、と思わな〜い?最低限、「根拠を持った美しい表現」をしないと商業利用がバレバレ。少しはその信仰(キリスト教)を理解しようと学ぶとか、他の信仰を尊ぶ気持ちを持つとかさ。
だって彼らにとって「神聖なる信仰」でのことだぜ〜。
以下、ちょっと調べてみた。

クリスマスの語源は、ラテン語「クリストゥス・ミサ」の略で、Christ(キリスト)+mas(礼拝)を意味する。
XmasはX(ギリシャ語で「Xristos」の頭文字)+mas(礼拝)。
Xristos(クリストス)は「油を注がれた者」という意味で、「救世主」「キリスト」を意味する。
クリスマスの由来は諸説あるが、古代ローマで冬至の日に行われていた「太陽神の誕生祭」や「農耕神への収穫祭」が、後にイエス・キリストの生誕祭と結びつき、クリスマスになったといわれる。
当時のローマでは、太陽神を崇拝する異教が大きな力を持ち、12月25日を太陽神を祭る祝祭日としていた。
そこで、初代キリスト教の指導者達が、異教徒との対立や摩擦を生むことなく異教徒にキリスト教を広めるために、12月25日はクリスマスとされた。

これが "Christmas" and "X-mas" の語源。
(因みに "X'mas" ってアポストロフィを入れるのは間違いなんだって)
今の日本は "Christmas" をテキトーに利用した、“くりすます”って感じ、するっしょ?

P.S.
しかし、だ
かくいう僕も結婚して子供ができれば、サンタの衣装で我が家を訪れたりしちゃいます!
でもしっかりと「これが僕らではない宗教のものであること」「ほかにも世界には様々な信仰があること」「それを理解しないと世界の多くのヒトと友達になれないこと」を伝えるつもりだ。

自然じゃない自然の美

| | コメント(1)

11日、日曜にもかかわらず赤坂で広告代理店のk氏と打合せ。
外苑東通り、明治通りなど、「東京都の木」であるいちょうの葉が大量に舞い落ち、部分的に道路は黄色に染まっていた。
東京の四季を見ていつも思ってたんだけど、よくテレビや雑誌で「田舎は自然がいっぱいあって羨ましい」みたいな話があるけど、僕が暮らす前橋より、僕は東京の方が自然を感じることが多かったりする。
今ウチの事務所がある敷島町は、それなりに歴史ある敷島公園だから自然が多いんだけど、それ以外はあまり自然なんて感じない。それでも前橋は街路樹が多い方で、特にいちょうやけやきは誰でも目にすることは多いと思う。
僕が東京に自然を多く感じるところは、夏であれば渋谷だって蝉の鳴き声がうるさいくらいで、前橋の市街地で蝉の鳴き声なんてそれほど聞けないと思う。
東京は市街地近隣に公園が多く、それらはわりと公園としてすでに歴史があり、一応ちゃんとした生態系ができているんだと思う。
ところが地方は区画整理されたり道幅が拡幅したりしたのはそれほど昔ではないから、公園の木々も街路樹も若いんだろうね。
でもこれらは東京でも地方でも都市生活の清涼剤的に作られた自然であって、そもそも天然にそこにできているものではない。どちらも「造園」のようなものだ。
だからといって山や川など自然にあるものがそれほど素晴らしいかというと、僕はビミョーだと思う。
河川はかなり上流の山奥に行っても、ご立派な堰堤がきちんとある。どうやって工事をしたか想像を絶するところも少なくない。近年は生態系とかマジで研究されてるから、こういった工事をやり続けてきたことが生態系を壊したことが明確になっている。
山っていうのは僕が思うに、そもそも「眺める」というくらい距離がヒトに、「美しいor素晴らしい」という印象を与えるものだと思う。
それは稜線をはっきりと感じられる距離とか、紅葉に染まる山肌を感じられる距離だ。
もっと近づき、山歩きや登山をするならば、天然の(人手の介入しない)山ほど近距離ではただの「藪」にすぎなかったりする。つまり美しい登山道とかは人の手で造られている。
むかし仲間とロッククライミングに行ったカリフォルニアのヨセミテ国立公園。
ここは自然が造形した山々を眺めても、山中に入っても、どこをとっても美しかった。だけどこの美しさのために、ものすごい人手がかかっているのは事実だ。(森を守るためでもあるんだけど)
人手が介入しない自然なままの藪よりも、ヒトが手を加えた自然をヒトは美しいと思い、だからといってそれはいけないことでも何でない。
僕はそれも自然なことなんだと思う。
ヒトの審美観の多くはヒトが育むわけだしね。

昔アラブでは(ここで云う昔は今のような国境が無い時代の中東)、盗みを犯した者は腕を切り落とされ、婦女を暴行すれば膀胱をを切り落とされたそうだ。この国も昔は「市中引き回しの上打ち首獄門」なんて時代もあったのは周知の通りで。
何が言いたいのかというと、“罪”に対する“罰”の分かり易さだ。
社会が高度に熟成される中で、どの国も“人権”を尊重し、いや、もしかしたら「尊重しすぎているのかも知れない」とさえ思う。人権を尊重するのはいいが、やはりものには(我慢にも)限度ある。
今や人権的見地から死刑を廃止する国も増えているけれど、あまりにも“罪と罰”が分かり難くなっていることは否めないと思う。
和歌山の小林容疑者も広島のペルー人も、まだ逃亡中の今市の犯人も、犯行の事実に確信を持てたなら、僕は即刻、死刑にすべきとさえ思ってしまう。
これから未来へあらゆる可能性、自由に夢を抱く罪のない子供を殺害するような人間に“人権の尊重”なんて必要だろうか。
こんな人間が横行しないためにも、“罪と罰”を分かり易くし、少しでもこういったクレイジーな事件を抑止すべきだ。(“罪と罰”以上に家庭、教育、社会の在り方が大切なのは然りだけど)

悪魔がどうのこうの? これは完全にバカだ。そんな戯言でお前は愛する家族が殺されて許せるのか?云ってるこのバカ本人が許せても他に誰ひとり許せるわけがない。
今"YAHOO! NEWS"の社会面を見ても...

・母が娘を18年“軟禁”義務教育受けさせず…福岡(読売新聞) - 3時22分
・<祈とう師逮捕>「エネルギー送る」と女性の下半身触る(毎日新聞) - 1時45分
・<コスプレ男>ウエートレス姿で下半身露出、逮捕 香川(毎日新聞) - 0時10分
・女子高生を監禁・暴行の疑い、41歳男を逮捕…岐阜(読売新聞) - 0時5分

この数時間のほんの一部でこのざまだ。

今の時代でナンセンスと云われようが時代を逆行させようが、
今こそもっと“罪と罰”を考える時だと思う。
殺された子供はあまりにも悲しい。

このアーカイブについて

このページには、December 2005に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブはOctober 2005です。

次のアーカイブはFebruary 2006です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。