今の日本でトップクラスと云われるレストランのひとつ、銀座のロォジェに行った。
なにをしてトップクラスなのかと思うところなんだけど、行って、食べて、もうホント、ただ、スッゲー!って感じだった。
僕はクルマで行ったから、建物に併設されたそのガレージへの招き方、名前の聞き方、そして店内へエスコートした外人の流れの良さ・・・そういうことに既にヤラレた。でも僕も一応大人だし、テーブルについた時にはそれなりに落ち着いていた。(と思う)
しかし、だ。まずはシャンパンを貰い、アミューズが配され、口にした時点でまた「落ち着き」なんて飛んだ。更に、2品目のフォアグラ。ヒトクチで卒倒寸前、笑うしかない、というか、どう抑えても無気味?に微笑んでしまう。その後、魚はキンキ、和牛フィレ肉、フロマージュ、デザート・・・とにかく抜かりない。ジャック・ボリーという82年にフランス国家最優秀料理人受賞という経歴のシェフらしいけど、そういうことはよく分かんない。ただ、僕が過去に経験したフレンチのどこよりも正統派な気がする。奇を衒うこともないし、素材の良さは僕でも分かるし、出されたもの全て完璧と思える味だ。それがスッゲー。
そしてこんなふうにヒトを感動させる、それがサイコーにスッゲー!
November 2004アーカイブ
RIEDELのワイングラスを手に入れた。もちろんクリスタルで、ブルゴーニュタイプ、つまり大きな壷のような形のものだ。
ちょうど同時期に、取引先からイタリアの"VINO NOVELLO 2004をいただいた。これは簡単に、と云うより乱暴に云ってしまえば、フランスで云うボジョレー・ヌーヴォーのような出来立ての新作だ。
さっそく呑もうと、RIEDELのワイングラスを丁寧に洗った。万遍に抜かりなく洗った。グラスの淵を摘み、足の部分を洗っている時、この大きなワイングラスは自らの重さに耐えきれず? 割れた。
ショックでNOVELLOを呑むのをやめた。形あるものいつかは壊れる。ただ、正直、マジ、泣きてぇ〜!
翌日NOVELLOを、以前からあったふつうのワイングラスで呑んだ。ワイン自体は出来立てだけあって若い感じ。でも濁りがなく、フルーティで美味い!基本的にボディの重いワインが好きだけど、これはこれで美味い!
あ〜、これなら前日はかなく割れてしまったRIEDELのワイングラスで・・・一度はその淵と唇を重ねたかった!
いったいこの街は、いや、ほかの街にしても、この国はヒトが暮らすということをどう考えているのだろうか。と、よく思う。いろんな局面で思うことだけど、ここではたんに街をクルマで走っていて思うことを書きたい。
まず看板やお店のサインに制約がない。だから色も形もキチガイ沙汰だ。これは住宅にも云えることで、ヨーロッパでもアメリカでも、家を建てる際に、様々な制約があることは周知の通りだ。屋根や壁、ドア、場合によっては窓枠にさえ、使っていい色や形が街ごとに決まっている。全て詳細が決まっている場合もあれば、ある程度各人の判断にゆだねられる場合もある。それでも街の景観を壊すようなバカなことはふつうしない。街それぞれに美的基準があるということだ。奇をてらった家を建て、「いや〜ふつうの家はつまらないから!」と得意がってるアホとは違い、「個性とはかくあるべき」を知っているのだろう。そんなところで自己主張されても僕は迷惑だ。気持ち悪い。公害とすら思う。だいたいそういう輩は「個性」と「奇異」が同義になってる。
街路灯も同じだ。数年前、前橋市内の国道50号線で、市街地に近いところから県庁までは電柱が撤去され、電線は地中に埋められた。元旦の実業団駅伝の恩恵だ。電線まみれではあまりにもテレビ映りが悪いからだ。だが問題はその後に施設された街路灯だ。黒い柱で電灯のシェードにあたる部分は、恐らく上毛三山を象ったと思われる三ッ山状になっている。
いったい誰がこんなものをデザインしたのだろう?というより誰がこんなものに決めたのかが問題だ。誰がどんな経緯で決めたのか? 市役所のしかるべき部署の課長? 誰?・・・いずれにしても酷すぎる。これも当然税金で造られている。大問題だ。
看板にしろ街路灯にしろ、こんなものを見て「いいなぁ〜カッコイイなぁ〜、将来こんなものつくりたいな〜!」って夢見る子供はいない。それが僕が最も危惧するところだ。因みに例えばミラノ。古いけどカッコいいバス停、デザインは巨匠といわれる建築家の、若き日の作品だったりする。日常的に無意識に触れて、感じて、そして育まれるもののレベルが違う。
僕が昔から「カッコいいな〜」と思っていた関越トンネルの入口は、日本の巨匠、柳宗理のデザインだ。日本にはこういうものが少なすぎる。そもそも街づくり? 都市計画? どんなグランドデザインがあるのか疑問だ。これについては長くなるので日を改めて。
埼玉県で、車内で練炭を焚いての集団自殺があったのは、まだ記憶に遠くない。テレビのニュースでは、この出来事に対して、各社様々な評論家が議論を交わしていた。総じて「インターネットの弊害」というところで決着していたように思える。「誘い合って自殺することがけしからん!」「このようなホームページは閉鎖させるべきだ!」等々...。
たしかに、インターネットが、或いはこのようなホームページが無かったら、誘い合って死ぬことはなかったかも知れない。死ぬことに至らなかったヒトも、中にはいたかも知れない。だけど、いずれにしろこんな議論で問題は解決しないし、アホらしいと思った。
ネットもサイトも関係なく、日本は先進国中、著しく自殺率が高いという。そもそも「なぜ自殺者が多いのか?」が最大の問題だ。僕は、「それほどつまらない?」言い換えれば「それほど夢も希望も無い?」と問う。夢が見出せない、生きる希望が無い・・・これは自殺サイト云々の次元じゃない。国家としての大問題だ。いじめに遭おうが辛いことがあろうが、夢や希望があれば生きられると思うからだ。
教育制度にも大きな問題があるとも思うけれど、何よりも僕は“大人がカッコ悪い”からだと思っている。大人が活き活きと生きてない。一例を述べるなら、休日はずーっとパジャマ、リビングで掃除機の邪魔になっているお父さん。それを見た子供は、「カッコいい!」と思うはずがない。自分の将来に不安を抱いて然りだ。こういう大人については別の機会で綴るとして、大人と云われる歳月を生きてきて、出した結論が「死ぬこと」で、インターネットで一緒に死ぬヒトを募る.....これではあまりにも悲しすぎる。望みは、本当に、もう尽きたのだろうか。どうにか誰かが誰かの希望になれないものだろうか。悲しむヒトがいることを分かってほしい。
それから、今まで同様な事件が起きた時、「インターネットの自殺に関するホームページで出会ったヒトたちが、集団自殺するという事件が・・・」という論調だった各報道メディアが、今回の事件から「自殺サイト」と云うようになった。
この言葉が嫌いだ。ことを、更には自殺そのものを軽くするように感じる。若い子がやたらと言葉を短縮したりすることと根は同じだ。
新潟中越地震の悲劇は僕がここで云々述べるまでもなく、新聞やその他報道で周知の通りだ。亡きヒトは30人を超え、そして何万ものヒトが避難生活を余儀なくされている。
帰る家が無くなってしまった、食べたいものも食べられない、足を伸ばして寝ることもできない、テレビもビデオも見られない、勉強も仕事もデートもできない。ダラダラと長時間トイレにこもって新聞を開くこともできない。ただ、生きることに向かい、必死に辛い日々を乗り越えているんだと思う。「以前の生活を取り戻したい」と願うヒト、未来の夢に向け、受験を控えるヒト.....辛くてもそこにはいろんな希望の光があり、必死で惨状に向き合っている。どうにかなるべく早く復興してほしい。そのために僕らができることを、もっと考えなくてはと思う。
避難生活以上に悲惨なのは、亡くなってしまったヒトだ。
どんな夢を抱いていたのだろう。医者になりたかった? 作家になりたかった? サッカー選手になりたかった? ただ、ふつうの幸せが欲しかった? 恋がしたかった? まだ恋愛すら経験できなかったヒトもいると思う、これから楽しいこともいっぱいあったと思う。「死にたい」なんて誰一人思っていなかったと思う。自分の意志に関係なく死を迎えること。こんなに辛いことはないと思う。
だから希望がなくなり「死にたい」と思うより、どうにか「生きるためにどうするべきか」を考えてほしい。自殺しか答えが無くなってしまった時、自分の意志に関わらず死んでしまった人を思ってほしい。「死ぬ」という答えの隣には、「生きる」という答えもあるのだから。

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